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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)391号 判決

原告 京都信用保証協会

右代表者理事 神川清

右訴訟代理人弁護士 寺田武彦

被告 西川智子

右訴訟代理人弁護士 森川明

同 渡辺馨

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告(請求の趣旨)

1. 被告は原告に対し、金一〇、三一一、四五八円およびこれに対する昭和五六年一二月一九日以降支払済みに至るまで年一四・六%の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、被告

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告は、被告及び訴外赤阪勉(以下被告らという)の委託により昭和五六年五月一四日、右被告らとの間で左記内容の信用保証委託契約を締結した。

(一)  被告らが訴外伏見信用金庫西四条支店から金員を借り受けるにつき、原告は貸付金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の範囲で、右被告らのために信用保証協会法に基づく保証を行う。

(二)  原告が、右保証に基づき被告らのために訴外信用金庫に弁済したときは、右被告らは原告に対し、直ちに右弁済額及びこれに対する弁済日の翌日から完済に至るまで、年一四・六%の割合による損害金を支払う。

2. 被告らは前記原告の保証に基づき、昭和五六年五月一四日訴外信用金庫から金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を、利息年九・七〇%、返済条件昭和五六年八月から同六〇年九月迄毎月一五日限り金二〇〇、〇〇〇円宛の分割払の約束により借り入れ、さらに、右借り入れに際し、右分割弁済金の支払を一回でも遅滞したときは、訴外信用金庫からの請求によって期限の利益を喪失して残額を即時返済するとの約定をした。

3. ところで被告らは、前記保証に基づき借り入れした債務につき、約定通りの返済を履行せず、昭和五六年八月一五日支払分以降の支払を怠った為訴外信用金庫は右被告らに対し、同年一一月七日到達の内容証明郵便で催告したが、支払がなされなかった。そこで、原告は昭和五六年一二月一八日前記保証に基づき訴外信用金庫に対し元金一〇、〇〇〇、〇〇〇円、利息金三一一、四五八円の合計金一〇、三一一、四五八円を代位弁済した。

4. よって、原告は被告に対し、求償債権元金一〇、三一一、四五八円および昭和五六年一二月一九日(原告が支払をした翌日)以降支払済みに至るまで、年一四・六%の割合による損害金を求める。

5. 仮りに、右1項及び2項の事実が認められないとすれば、赤阪勉が被告を代理して1項及び2項の契約を締結したものであり、被告は以下に述べるとおり勉に代理権を与えていた。すなわち、

(一)  被告と赤阪勉は、昭和三九年に結婚した夫婦であるが、被告らは、①昭和四六年四月より住所地において酒類販売店を、②同五三年より住所地近くの京都市左京区山ノ内瀬戸畑町四〇番地に不動産を購入して飲屋「千津」を、③同五五年四月よりやはり住所地近くの京都ボーリング場において喫茶店を、各々営業していた。

(二)  前記三つの営業のうち、前記①の酒類販売店は、赤阪勉名義で酒類販売の許可をとり、同②の飲屋「千津」は、被告ら両名の共有で土地建物を所有して、被告名義で営業許可をとり、同③の喫茶店は、赤阪勉が賃借人となり、被告が連帯保証人となっていた。三つの営業店の実際の仕事は、主に、赤阪勉が前記①の酒類販売店を、被告が前記②の飲屋および同③の喫茶店を、各々担当していたが、赤阪勉は、前記②および③の店の手伝いもしていた。結局、前記三つの店は、営業許可及賃借の名義にかかわらず、被告ら夫婦の共同経営であった。

(三)  前記三つの営業店が、赤阪勉と被告の共同経営であった以上、被告らは、当然各営業店における必要品の仕入、支払請求、代金受領等の通常の営業の範囲に属する行為については、相互に代理権限を有していたものである。それのみならず、赤阪勉については、前記三つの営業店に関する通常の営業の範囲に属する行為にとどまらず、営業に必要な資金の借り入れ、営業に必要な不動産の購入、営業上必要な什器備品の購入、経費等一切の支払等に関する裁量権、決定権を持ち、右の各行為に関して被告を代理して行為しうる権限も有していた。

(四)  本件信用保証委託契約は、赤阪勉が、酒類販売店および飲屋の各営業店の改装資金と昭和五三年一二月京都銀行から借り入れた金三〇〇万円の残債務金(約一〇〇万円)支払のため、金一、〇〇〇万円を伏見信用金庫から借り受けるために締結されたものである。従って、前記(三)のとおり、赤阪勉は、当然、前記資金借り入れのための金銭貸借契約および同借り入れに必要な原告との間の信用保証委託契約に関し、被告を代理して契約を締結する権限を有していたものである。

6. 仮りに、赤阪勉が被告との共同経営にもとづいてあらかじめ有する代理権限が、本件信用保証委託契約および金銭貸借契約締結についての代理権限を含むものでなかったとしても、次に述べるように、被告は原告に対し、民法一一〇条、又は、一一〇条と一一二条にもとづく表見代理の責任を負うものである。すなわち、

第一に赤阪勉は被告と共同で前記三つの営業店を経営し、被告らは相互に各営業店の営業上の行為について代理権限を有していたものであり、第二に前記のとおり赤阪は被告を代理して本件保証委託の申込をなし、被告の実印及び印鑑証明書を準備、使用して被告の代理人として本件保証委託契約および金銭消費貸借契約を締結したものであり、第三に赤阪勉は、本件信用保証委託契約の締結に際し、前記各営業店が実質的に被告らの共同経営であることや本件保証委託にもとづく融資金の使途が右営業店の改装のためであることの各資料を提出するとともに、原告の担当者による赤阪勉に対する面接調査や酒店および飲屋「千津」への現地調査において、前記共同経営及び改装予定の内容が確認され、さらに原告担当者から被告に対し電話によって本件保証委託申込の事実の確認も為され、その結果、赤阪勉に被告を代理する権限があると信じられたのであって、まったく過失はなかったものであり、第四に前記のとおり昭和五三年一二月八日本件の場合と同じく、被告らが原告の信用保証にもとづいて、京都銀行から金三〇〇万円を借り受けているが、その際も、赤阪勉は被告を代理して、原告との間で信用保証委託契約を締結するとともに、京都銀行との間で金銭貸借契約を締結し、しかも、その後も赤阪勉は被告を代理して右借入金についてその返済を為し、本件保証委託にもとづく借入金の一部によって右京都銀行への債務金残金約一〇〇万円の返済もしているのである。

二、請求の原因に対する認否

全て否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、被告の信用保証委託契約について

成立につき争いのない甲第一号証の二と甲第一号証の一の記載によれば、請求原因第1項のうち被告の本件信用保証委託契約の締結に関する部分に添う、甲第一号証の一の被告作成名義部分に被告の記名があり、名下に印鑑登録した印章による印影が顕出されてはいるが、〈証拠〉によれば、甲第一号証の一の被告の署名は被告に無断で三輪がなしたものであり、名下の印影は被告以外の者(赤阪勉の可能性が大きい)が顕出したことが認められるから、甲第一号証の二によっては同号証の一の被告作成名義部分の成立を認めることができない。他に右成立を認めるに足る証拠はないから、右証拠によっては請求原因第1項の事実を認めることはできない。他に右事実に添う証拠はない。

二、赤阪勉の代理による保証委託契約について

1. 〈証拠〉によれば、赤阪勉が被告を代理して、原告と原告主張の保証委託契約を締結した事実が認められ、これに反する証拠はない。

2. 赤阪勉が被告から右代理権を授与されたことを認めるに足る証拠はない。後に認定するとおり、赤阪勉が被告との連名によって原告から信用保証を受け、伏見信用金庫から一、〇〇〇万円を借受けたのは、両名の営業のためではなく、杉本信太郎へ融資するためであった。

三、表見代理について

1. 基本となる代理権

〈証拠〉によれば、赤阪勉と被告は昭和五六年四月当時夫婦であり、住所地で酒類販売業を、右住所地の近くで飲酒店「千津」を、京都ボーリングセンター内で喫茶店を共同で経営していたこと、そのうち酒類の販売は勉が、他は被告が主体となって営業していたこと、右両名は右各営業店における材料や什器備品類の仕入、商品の販売、債権債務の授受等通常の営業の範囲内に属する行為につき相互に代理権限を有していたこと、昭和五三年には勉と被告が京都銀行から三〇〇万円を借入れるために、原告と信用保証委託契約を締結するに際し、勉が事務手続をとったことがあることが認められるけれども、それ以上に、被告が営業に必要な不動産の購入や営業資金の借入の代理権を勉に与えていたとは認められず、また、右昭和五三年の契約は、被告自らの意思表示によって締結されたものである。

従って、原告の表見代理の主張のうち、右認定の限度の基本代理権の主張は理由があるが、消滅した代理権を基本代理権とする権限ゆ越の表見代理の主張(民法一一二条と一一〇条の重複適用)は、前提を欠き理由がない。

2. 正当理由の存否

(一)  〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

(1)  昭和五六年三月頃、赤阪勉から酒類等を購入したりして同人と交際のあった杉本信太郎は、金策の必要に迫られたが、適切な融資先がなかったため、勉に対し、原告の信用保証を受けて金融機関から一二〇〇万円の融資を受け、その大半を貸してくれと依頼した。勉は右依頼を承諾し、浦野一賀に物上保証して貰うことの了解を得て、同年四月七日に、伏見信用金庫から一二〇〇万円を借入れるについての信用保証委託申込書を原告に提出した。勉は右申込書に資金使途を酒店と酒場「千津」の改築資金に九〇〇万円、商品増加仕入代に四〇〇万円と記載したが、右の如き改築計画は架空のものであり、たんなる口実にすぎなかった。

(2)  右勉の申込について原告の調査と審査を担当した中川進は、四月二〇日頃勉方へ赴き、酒類販売店舗と「千津」を検分して同人から事情を聴取したところ、勉は、杉本が山下守をして虚偽に作成せしめた改築見積書(見積額八二二万円)を提出した。またその際、改造予定の「千津」の営業許可の名義が被告であることが判明したため、中川は信用保証委託者を勉と被告の両名にするよう指示した。その後原告は、りん議の後、一〇〇〇万円につき信用保証することを決定し、勉に連絡した。勉は右借入を被告に伝えれば反対されることが判っていたので、杉本と相談のうえ、杉本の内妻三輪を利用して被告の印鑑登録証明書の入手と契約書の偽造を計画した。杉本と勉の指示を受けた三輪は、五月八日に被告の印鑑登録を申請し、同月一一日に印鑑登録証明書三通の交付を受け、原告との信用保証委託契約書(甲第一号証の一)と伏見信用金庫との金銭消費貸借証書(甲第二号証の二)の被告名義部分を偽造し、勉又は杉本が右名下に右登録印を押捺した。

(3)  勉は右偽造にかかる書面に右印鑑登録証明書を各一通添付して、五月一四日頃原告と伏見信用金庫に提出した。原告の係員中村は、契約書に記載された被告の住所、氏名、押捺された被告の印影と印鑑登録証明書の被告の住所、氏名、印影とが同一であることから、被告の委託意思を確認した。

(二)  証人中川は、四月二三日午後四時四〇分に被告へ電話して、被告に直接保証委託申込の意思を確認した旨を証言し、甲第一〇号証にはその旨の記載があるけれども、中川は被告とかつて一度も会話を交したことがないのであるから、被告本人尋問の結果に照らし、右証拠をただちに採用することはできない。

(三)  そこで、右事実によって原告の主張を判断するに、

(1)  先ず、原告の係員中村は、勉が被告の登録印が押捺された保証委託契約書を持参したことをもって、被告が勉に代理権を与えたと判断したわけであるが、一般に妻が夫に登録印の保管を委ねることは世上よく行なわれることであるから、右事実だけで右代理権ありと信ずる正当な理由とはなしがたい。本件伏見信用金庫からの借入れは、一、〇〇〇万円と多額であり、前記甲第二号証の一の記載によれば利息が年九・七パーセント、毎月二〇万円ずつの返済であるが、前記甲第一一号証によれば保証委託申込書には当時勉らの営業利益は過去一年間で約四二〇万円にすぎない旨の記載があったから、共同経営者である被告が本件借入れに消極でありうることは予測できた筈である。(2)次に、原告の係員中川は、勉の説明と店舗の検分及び改築見積書等により借入れの必要を納得したわけであるが、およそ一、〇〇〇万円の借入れをなすとすれば、それなりの必要性をもっともらしく説明するのは当然のことであるばかりか、右事情は被告の行為らしきものを何ら含んではいないから被告が借入れの権限を勉に与えたことの根拠とはなりえない。(3)更に、勉と被告は昭和五三年に連名で信用保証委託契約をなしていたことは判っていたのであるから、当時の契約書(甲第一五号証の一)と対照すれば、被告の署名の字体が異なることが判明したのに(なお、甲第一号証の一、第一五号証の一とも、署名、押捺は自らなすべきことを求めている)、これをなした形跡がない。(4)以上のとおり、原告の係員は、保証委託申込者の意思又は代理権存否の確認という原告にとって最も基本的な調査事務につき、前回の契約書と対照したり直接面談するなどして被告の意思を確認することが容易であったにもかかわらず、これらの努力をなすことなく、慢然と勉の言動と提出した書面を信用したと判断しうるから、原告において勉が被告から与えられた代理権にもとづき本件代理行為をなしたと信じたことにつき、正当の事由があったとはなし難い。よって、原告の民法一一〇条にもとづく表見代理の主張も理由がない。

四、よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本順市)

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